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​レコーディングにまつわる「お勉強」についての超私的な考察

録音エンジニアの中村フミトです。

今日はレコーディングに必要な”知識”について超私的に書いてみたいと思います。

エンジニアは録音・ミキシングを行うときに「感覚」「理論」の両方を働かせて作業を進めます。「感覚」と「理論」、どちらの要素を重視するかは人により、または状況により異なりますが、エンジニアが発する言葉を聞けばそのとき「感覚」と「理論」のどちらを働かせているのかが分かります。


例えば「このキック(ドラム)の音、めっちゃ良いわ~!」と言っている時、そのエンジニアは「感覚」で話をしています。一方では「オンマイクとルームマイクの位相がよくない」などと言う時は「理論」に基づいて話をしています。


この「感覚」と「理論」、どちらが大切なのでしょうか?

世間一般では「感覚を重視する=アーティスティック」、「理論を重視する=あたまでっかち」なイメージを抱く人も多いかと思いますが、「感覚」と「理論」は相反するものではありません。どちらの要素も密接に関わっています。なぜなら「理論」をしっかり理解しておけば、そのとき感じた「感覚」が正しいかどうか、確信をもって決断することができるからです。


エンジニアならば身をもって経験していると思いますが、人間の耳はその日の体調や環境によって聴こえ方が変わります。昨日のスタジオでは良いサウンドだと思っていたものが今日は違って聴こえたり、その逆もあります。そんなときにエンジニアリングの拠り所となるのが「理論」です。


良い録音をするために必要な理論にはどんな内容が含まれるのでしょうか?


それを理解するためには、録音作品をリスナーが聴くまでに「音楽」がどのような過程をたどるかを考える必要があります。ざっと考えただけでも音楽はこのように、、、

fig.1 音楽がリスナーに届くまで

上の図では分かりやすいように様々なスタジオ機器が省略されていますが、それでも音がどのような過程をたどるかが分かると思います。そして、その過程で音がどのように”性質”を変える​のかを示したのが下の図です。

fig.2 音の性質の変化

fig.2 は音の「性質の変化」を示しています。

まず、楽曲は作曲者やアレンジャーの手によって楽譜や歌詞カードなどの「文字や記号」の情報として書き起こされて、アーティストの演奏によって「文字や記号」の情報は「空気振動(音波)」として空間に広がります。


次にマイクによって「空気振動(音波)」が「電気信号」に変換されます。
その「電気信号」はレコーダー(録音機)に記録されますが、レコーダーがProToolsなどのデジタル機器である場合、ここで電気信号は「アナログ→デジタル」変換されます。


そしてミキサーでミックスされた「電気信号」はスピーカーによって再び「空気振動(音波)」に変換されて人の耳に届きます。マイクとスピーカーは「空気振動(音波)」と「電気信号」を相互に変換する変換器であると言えるでしょう。


さらに、エンジニアとして考えなければならないのはここで終わりではありません。人の耳に届けられた音は鼓膜などの聴覚器官によって神経信号に変換されて、最終的には脳が音を「音楽」として知覚します

このときの音の性質の変化を図に加えると以下のようになります。

fig.3 エンジニアにとっての音の性質の変化

fig.3 を見ると、音楽は「 文字・記号 → 空気振動 → 電気信号 →デジタル情報 → 電気信号 → 空気振動 → 神経信号」と変化していることが分かります。


前置きが長くなりましたが、レコーディングに必要な知識とは、この変化
「音楽 → 文字・記号 → 空気振動 → 電気信号 → デジタル情報 → 電気信号 → 空気振動 → 神経信号 → 音楽」に関する理論だと言ってよいでしょう。


これをより具体的に書くと以下のようになります。


・音楽 → 文字・記号(楽譜・歌詞など)
音楽に関する全般的な知識。楽典や「アレンジ」などに関する音楽理論、歌詞をより深く理解するための国語なども含まれます。

・空気振動(音波)
楽器や声帯が発音する原理や、音が空気中を伝わる仕組みなど、音響学と呼ばれる分野がこれに相当します。なお、「音響学」という呼び方は、物理学・工学・心理学・生理学などを含む、音に関するあらゆる現象を扱う学問に対しても使われます。

・アナログ電気信号
コイルと磁力の関係やデシベルと電圧の関係、オペアンプやフィルター回路、電源回路などの知識、電子回路設計などの「電気基礎」の知識がこれに相当します。また音に関する電気の分野に特化した「電気音響工学」と呼ばれる分野も存在します。

・デジタルオーディオ
リニアPCMDSDなどのアナログ-デジタル変換(サンプリング)の仕組み、ビットやサンプリングレート変換などに関する「デジタルオーディオ」の知識がこれに相当します。

・空気振動 → 神経信号 → 音楽の知覚
音の3要素(大きさ・高さ・音色)を人がどう感じるとるかなど、人が音を知覚する(または錯覚する)現象を扱った音響心理学と呼ばれる分野が相当します。

・スタジオ機器
そしてもちろん、スタジオで録音に使用するマイクロフォンスピーカー、レコーダー、レベルメーター、エフェクターなどのスタジオ機器の仕組みや扱い方についての知識も必要なのは言うまでもありません。特に最近はコンピューター上で音を処理する技術が飛躍的に進歩しているため、前述のデジタルオーディオについての知識とあわせてコンピューターの知識も重要です。


と、駆け足でここまで書いてきて気づきましたが、私が学生時代に通っていた
エンジニアの学校(学校というより塾のようなところでしたが)では、上記すべての項目を授業で扱っていました。いまさらですが、あの時もっと勉強しておけば良かったと思います。(多少はやってましたが・・・汗)

話がそれましたが、現在はインターネットのおかげで私が学生だった約20年前とは比較にならないほど、専門書などの情報が簡単に手に入ります。(役に立たない情報もあふれてますが・・)そのため、海外の情報なども必要に応じて調べられます。


そんな中、エンジニアリングにおいて何が一番重要なのか?

当たり前のことですが、まずは「音楽」そのものが最も大切だと言ってよいでしょう。そしてその音楽をどう感じたいか(または、リスナーにどう感じてもらいたいか)を助けるのが「理論」ということになると思います。


私が尊敬する優れたエンジニアの話やインタビューに耳を傾けると、言い方は様々ですが皆共通して「どう聴こえるかが大事(感覚)」だと言っています。しかし、話をよく聞いてみると、例外なく「理論」を理解していることが伺えます。


冒頭で書いたように
「感覚」の拠り所となるのが「理論」です。


超私的に言うと
「理想的なエンジニア」の姿とは、「理論」が堅苦しくならないくらい身についていて、自然と「感覚」と「理論」が一体化している状態だと思います。

この人物を簡単に表現すると「あらゆるジャンルの音楽に造詣が深くて、楽器が上手い。やろうと思えば曲のアレンジもできて歌詞も書ける。スタジオの設計も手がけていて、スピーカーの調整が上手くて、電気回路にも詳しい。そんでもってエフェクターやマイクを自作しちゃったりして、さらにはコンピューターにも詳しく、ソースコードを自分で書いてプラグインも作っちゃう。録音やミックスをさせたら一級品で、手がけたヒットソングも多く、人間的にも素晴らしいのでミュージシャンからの信頼も厚い。さらには料理か何かが趣味で休日には可愛い奥さんや子供に手料理を振る舞い、何よりも音楽と家族を愛している人物。」というとんでもない人物像が現れます。

最後の方は関係ないものもある気がしますが、こんな人が果たしてこの世に存在するのか。定かではありませんが、世界にはこれに限りなく近い人物はいると思います。(パッと思いつくのはジョージ・マッセンバーグさんとかかなり近い気がします。会ったことありませんが)

それにしてもこれ、、、(汗) 自分で書いておいて私自身が何一つ当てはまっていないことにかなり凹みますが、そこは「ナンバーワンでなくてもエンジニアはできるさ 一人一人違うサウンドを持つ 世界にひとつだけの、、ごにょごにょ」とか言ってごまかしておきましょう(泣)


冗談はさておき、エンジニアとしては今回挙げた各分野のすべてに必ずしもエキスパートとして精通している必要はないことも付け加えておきましょう。

例えば「音楽→文字・記号→空気振動」の分野は曲を作り演奏するアーティストがエキスパートです。そして「空気振動」の分野はスタジオの設計・施工のエキスパートがいます。さらに「空気振動→電気信号→空気振動」の分野は音響機器メーカーの開発部門のエキスパートがいるのです。音楽作品とは各分野のエキスパートがそれぞれの専門性を発揮して作り出されるものと言えるでしょう。


兎にも角にも、今回書いたようなことを少しずつ学んでいくと、ある時突然エンジニアリングが楽になっていることに気づく瞬間があります。そして、以前はイメージだけで到達できなかったサウンドを作り出す方法を閃いたりもします。

学ぶことの大切さはどんな職種であっても同じだと思いますが、学びの課程で以前より良いサウンドを作れることが実感できたとき、それこそがエンジニアリングについて学ぶ醍醐味であり、楽しさだと思います。そして、そんな楽しさを実感できることを有難く思いつつ、今後も少しずつ学んでいこうと思っています。

 

長文になってしまいました。今日はそろそろこの辺で、、、 Have a nice sound ( ̄0 ̄)b♪                          

text by Fumito Nakamura

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